性能と素材、そこに表現される建築の未来-秋田視察レポート

2022年4月27日のチャネル通信では、秋田県に拠点を構える〈もるくす建築社〉様のグリーンビルディング視察をレポートさせていただきました。前回は「性能」を中心にご紹介しましたので、今回は「素材」に着目し、視察時に開かれた佐藤社長のセミナー内容から2つの建築を紐解いてまいります。

佐藤社長が考えられる家づくりのテーマは、「循環、律動、揺らぎ、質量」
以下、セミナー内容のポイントです。

▪人間が本来持つ力や感覚、自然の摂理といった物事の本質から建築を想像する。
▪そのためには建物の外皮性能が整っていることが前提。
断熱材、高性能サッシなどを用い、更に外環境を考慮した配置(排熱、採光)を考える。
▪設備中心ではなく、建物の躯体で室内環境を構成する。
▪本物の素材(木、土、石)を仕上げに使うことで、蓄熱・調湿性を活かすことができる。
これらを用いることは環境への配慮、また、サーキュラーエコノミーにも繋がっていく。

今回ご紹介させていただく建築は、ワインショップ〈BANSAN〉とレストラン兼住居の〈おしゃべりきのこ〉です。お施主様のご実家や小屋が残されていた敷地に、この2棟が建築されました。

BANSAN

“小屋の活用“を念頭に、敷地計画を始められたという佐藤社長。今回、改修という形で基礎の補強と断熱材の張替えを行い、店舗兼ワインセラーの新たな役割を担う建物へと生まれ変わりました。

既存小屋の改修、庭樹木の保存、解体資源の再利用など、建築の随所にサステナブルな観点が体現されています。

photo by 奥山淳志

シックな色合いが印象的な外観は、外壁全面が杉板で構成されています。元々は建物正面のみ板張りでしたが、木の経年美を活かすため、他の面にも新しく杉板を施工されたのです。また、既存の杉板に合わせてブラックカラーの自然オイルを塗装することで、全体に馴染む意匠性としています。年月を重ねるごとに杉板が日に焼けて、今後さらに豊かな景観が形成されていく-木製外壁の物理的・心理的長寿命を直に感じられる貴重な建築例と言えます。

photo by 奥山淳志

ヨーロッパやアメリカ、南米など、世界中から集められたナチュラルワインが並ぶ店内。
開口部を極力抑え、内装の大部分を土壁で構成した造りは、日本の伝統建築である“蔵”を彷彿とする風情が感じられます。

調湿作用を持つ土壁は室内環境を一定に保つ効果があるため、住居としてはもちろん、温度変化を嫌うワインの保存にも適した素材です。訪問時の外気温は0℃という寒さでしたが、店内は暖房を稼働せずに、ほんのりと暖かさを感じられる室温が維持されていました。

おしゃべりきのこ

おしゃべりきのこは、レストラン棟と住居棟からなる複合建築です。建物全体は中庭を囲む“コの字型”となっており、両棟が向かい合う形で庭を眺めることができます。住居棟の北開口に設えたブラインドを閉めれば、中庭がレストランの一部となり、イベントやパーティーの利用も可能に。店舗の営業時間外は住居棟の北庭になるという、可変性のある仕様としています。

photo by 奥山淳志

秋田杉を使用した外壁は、大和張りとファサードラタン(スノコ状外壁)を場所によって貼り分けられており、木製外壁の多様なデザインが表現されています。また、意匠性だけでなく空間の広がりにも作用しており、レストラン棟から中庭を眺めると、横張りのファサードラタンによって奥行きを感じられました。

photo by 奥山淳志

仕切りのない開けた空間に4つのテーブル席が並び、その奥に個室が1つ配置されている店内。各席に窓を設け、天井の高さや素材を変えることで、ゆるやかながらも個々の居場所を感じられる空間が創出されています。

床は北海道産ナラフローリング(120巾/節無)を、壁と天井の一部にはヘムパネリング(クリアーグレード)をご採用いただきました。ヘムならではの均一な色味と緻密な木目は、ナラ特有の濃い褐色と相性が良く、空間全体にまとまりのある意匠性を実現しています。

BANSANとおしゃべりきのこの施主兼オーナーである、佐藤弥様。佐藤社長の建築についてお話を伺いました。

「お店をオープンする前、ナチュラルワインの生産者を訪ねてイタリアを巡っていた時期がありました。天然もののワインならではの美味しさや、自分の身体にすっと入ってくるのはなぜか、その理由を知りたかったんです。現地では、無農薬でブドウを栽培し、添加物を使わない代わりに、時間をかけてワインを作られていました。素材と向き合い、経験や時間をかけたものにしか出せない味わいがあることを実感しましたね。

このナチュラルワインのように、佐藤さんの建築は自然のものがきちんと活かされていて、見ているだけで癒されるというか…人に優しいなと感じるんです。今回設計をお願いしたのも、そんな佐藤さんの“自然なものづくり“に共感することが多かったからだと思います。」

今回ご紹介した2棟では、「性能」のみならず「素材」を含めた、「建築」「環境」、そして「ヒト」が見事に調和された様子を体感させていただきました。

もるくす建築社様・社屋〈美郷アトリエ〉の東面にそびえる奥羽山脈。

最後に、佐藤社長がセミナーで仰っていた言葉に感銘を受けたので、ご紹介させていただきます。

僕は、金子みすゞの『星とタンポポ』という詩が好きなんです。
この詩は、
「目に見えないけれども、確実にあるものとして、昼の星とたんぽぽの根を挙げている」
つまり、自分の目に見えている世界だけではないんだよ、ということを表しているのだと思います。

建築はお施主様を含め、多くの方が関わるものですから、設計する者は「人の気持ち(=目に見えないもの)」を考えることを大事にしたいですね。

今回ご参加いただいた皆様、貴重な機会をいただきました もるくす建築社 佐藤社長、スタッフの皆様、また、お話を聞かせていただいた佐藤弥様、誠にありがとうございました。

グリーンビルディングを直にご体感いただく機会を通して、その広がりを目指すとともにより多くの方に共有していけますよう、これからも様々な活動に努めてまいります。(Yano)

採用商品
〈おしゃべりきのこ〉
北海道産ナラ節無フロア 120巾/リボスクノス塗装
北海道産ニレ節無フロア 120巾/リボスクノス塗装
北海道産ナラ節無パネリング 90巾
ヘムパネリング(リボスクノス塗装)
ホワイトアッシュ巾ハギ
ホワイトオーク巾ハギ
ウッドファイバー
ウルト ウ―トップトリオ UV2SK