ランドスケープとしての建築《地形から自由になるために-M 様邸-》

愛知県某市。起伏がある古くからの住宅地に、目を奪われる建築《地形から自由になるために-M 様邸-》があります。閑静な住宅に囲まれる M 様邸は、独創的ながらも、この地域の大らかな気配に呼応しています。

こちらを手がけたのは名古屋を拠点とする南川祐輝建築事務所。設立以来「ランドスケープを重視した」建築企画・設計をなさっています。また 1995 年に水俣メモリアルデザインコンペ優秀賞、2010 年に建築フォーラムアワード優秀賞、2016 年に第 28 回すまいる愛知住宅賞名古屋市長賞に選定されるなど、様々な分野でご活躍されています。

弊社とは 2001 年に建てられたカフェ兼ギャラリーあうら(北名古屋市)での木製外壁の採用をきっかけにウイルウォール、ナチュレウォールを多くの物件にご採用いただいております。さらに 2020 年には弊社北陸営業所を設計いただくなど、20 年近くに渡ってお付き合いいただいております。
今回名古屋市千種区にある事務所に伺い、《地形から自由になるために-M 様邸-》について代表 南川祐輝氏にお話を訊かせていただきました。

形から自由になるために-M様邸-

海外赴任から帰国されたご夫婦とお子さんが暮らす一戸建て住宅。
敷地内の前面から後部に向かって 3.5m ほどの高低差があり、傾斜地の切土・盛土を最小限にするため、1 階を 9 坪、2 階を 25 坪とフットプリントを減らした形式を採用されています。

家創りにおいて「プラン」を重視なさる南川様。M様との打ち合わせでは平屋案、分棟案など5つのプランを制作なさったのだとか。
「それぞれのプランで生活するイメージが違うんです」と一つ一つの模型を手に取りイメージを教えていただきました。

「元々打ち合わせの段階では、地形をフラットにして平屋を建てるプランだった」と語る南川氏。
しかし、2021 年のウッドショックによって平屋の基礎にかかる費用が高騰し、本来の予算に対して 3 割 UP という難題に直面。そうした経済的な課題を解決するために生まれたのが《地形から自由になるために》という逆説的なデザインだったのです。

EXTERIOR

南東向きの敷地に置かれた正方形の建物。その北西側に建つ隣家のコナラと、正面の種々の樹木を植え込んだ庭との調和を重視して、外壁にはナチュレウォール ベベルサイディングをご採用いただきました。さらに、それぞれのアルミサッシの淵を木枠で囲んだことにより木によるシームレスな景観を生んでいます。

施工を手掛けた「箱屋」様の提案で設けられたポーチ兼土間。
農家の土間をイメージされたという広々としたこの空間は街と緩やかに繋がる場所として機能しています。

これまで南川様が手掛けられた建築の多くにご使用いただいているウイルウォール・ナチュレウォール。リピートされる経緯を伺うと、
ー今からちょうど 20 数年前に設計したカフェ『あうら』でウイルウォールを使用したのがきっかけです。あうらの敷地は濃尾平野の真ん中、周りに山もない住宅地だったので、その環境から景観を導き出す手がかりが見つからなかったんです。私にとって取りつく島がなかったと言えるのですが「この平野に『点』としての森を創ろう」という方向に転換し、全面に木製外壁を採用しました。その後も環境に応じて木を選択していったら反響をいただいて。次第にどんどん木の物件が増殖していきました。 ー

「建物が浮いているように表現したかったので、1階を軽く見せるために全面ガラス張りにしました。」と語る南川様。
構造的な筋交いもこの建物が持つ心理的な力強さを表しているように感じました。

ウエスタンレッドシダーの特徴である「防腐性(=耐久性)」に加え、年月が経つにつれ美しさを増す意匠性を兼ね備えたウイルウォール・ナチュレウォールは、古い別荘地が立ち並ぶ翠松園においてもこの建物が建つ第二種風致地区、緑化地域においても効果を発揮し、さらには周囲の自然や隣接する住宅と調和する景観を作り上げます。

INTERIOR

敷地の高低差に馴染むように設計された内装。正方形の躯体の中央に配置された 150 角の柱が、住まいの骨格をつくると同時に、M 様邸の暮らしの軸として象徴的な存在感を放っています。

2階から外を眺めると、家を囲むコナラ、ヤマボウシや、マメザクラといった数種類の高木、中高木が目に留まります。

間取りは、1 階に周辺住民の方との接点となるポーチ兼土間、そしてご夫婦の寝室をゾーニング。2 階は神社仏閣をモチーフにして、柱を中心に空間をいわば「内陣・外陣」へと区分けされています。その中央に居室、周囲に子供部屋、ワークスペース、水回り、収納を配置しています。

プランのこだわりについて伺うと「僕らの仕事はリアクションなので『合気道』のように相手の力を使って遠くに飛ばしていくんですよね。お客さんの要望を軸に対話を繰り返すことによってより良いプランが生まれていきます。」と教えてくださいました。

インテリアには、ヒノキ合板とオーク三層フロアを使用。そのほとんどの材が無塗装で仕上げられています。このようにインテリアとしての素材が、素地のまま表現されることによって『建築の素形』を味わえるとともに、それぞれの木部が M 様邸の大黒柱のような心理的な力強さを表しているように感じました。

ンドスケープからなる建築

南川祐輝建築事務所のアイデンティティである「アノニマスな風景」
建築の原点ともなる「アノニマス=名のない」景色とは一体どんな情景なのか。
それを知るために、南川氏がお生まれになった福井県大野市についてお話を伺いました。

事務所の横に建てられたご自邸にもお伺いさせていただきました。
南川様のご家族の皆さんに迎えていただきとても温かな時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

ーこの街は周囲を山で囲まれた盆地になっており、その山裾で私は生まれました。集落には数万年前に、近くの経ヶ岳という火山から山体崩落した時の名残だという直径 10ⅿは越えるであろう大きな岩の塊が転がる風景が広がっています。子どもの頃から不思議な景色だなと思っていました。建築を志すようになって、この景色を見た時に改めて『自分が探しているものはこれだったか』と腑に落ちたタイミングがあって。今となっては周囲の山並みと田んぼと岩の関係、スケール感が私の「建築」を「ランドスケープ」として捉える上で一つの指標、もしくは「ものさし」のようなものになっています。ー

福井県大野市の街の風景。

後に

取材後改めて《地形から自由になるために-M 様邸-》を俯瞰的に見てみると、集落に転ぶ大きな岩が「名のない風景」として成立しているように、斜面に落とされた大小 2 段の木箱が心地よい距離感で街に馴染んでいることに気づきました。

もしこの斜面に標準化した都市住宅を当てはめ、基礎をがっちり地形に根付かせていたならばこの心地よさは成立しただろうか。そう考えると「9 坪のフットプリント」という造形こそが、地形に対して伸びやかに、自由に建築を形づくっているように感じました。
今回の取材に際しご協力いただいた南川様、誠にありがとうございました。

TEXT: Hieshima
PHOTO:
南川祐輝建築事務所
設計
南川祐輝建築事務所
〒464-0082 名古屋市千種区上野一丁目8-17
Phone & Fax : 052-768-5186
施工
箱屋
〒487-0015 春日井市気噴町北1丁目32番
Phone & Fax : 0568-58-2263
弊社納材商品
外壁・軒天:ナチュレウォール ベベルサイディング 節有り(18X150mmX6F~14F乱尺)