「無地上小シリーズ」にまつわる「森と木の時間」

チャネルオリジナルのウェブマガジン「DOJO.」
DOJO.は陸地の土面を覆う「土壌」に由来しています。この言葉になぞらえて、チャネルオリジナルのオリジナルの種が芽吹く場所として、私たちの日々の活動や、活動を通して学び得たことをお伝えしてきたいと思っております。
よろしくお願いいたします。
さてDOJO.第1回目は、 昨年発表した「無地上小シリーズ」にまつわる「木と森の時間」のお話です。

いざ、森へ

昨年HPやメルマガで「国産材の無地上小シリーズ」をご紹介させていただき、ありがたいことにたくさんの反響をいただきました。お問合せいただいた皆さま、ご採用いただいた皆さま本当にありがとうございます。
本シリーズで紹介した杉や桧は、植林されて50~80年程度の「中大径木」から製材されたものが多く、その「時」とそこに「かけられた手間」によって無節・無地上小という美しい表情が生みだされています。

『無地上小シリーズ』抜粋。左上から「岩手県産杉T&Gパネル」「愛媛県産桧T&Gパネル」「SPFクリアフローリング」「秋田県産杉パネル」「徳島県産杉S4Sボード」「群馬県産杉ラフボード」「屋久島地杉SHIRO」「愛媛県産杉T&Gパネル」。

私たちもこの企画と向き合って、あらためて木材には人と同じように過去があり、生きた時間が流れているということを認識し、この「時」という価値をしっかりと広めたいという思いが強くなりました。
ですが、そもそも木の樹齢を意識して森を歩いたことはないし、仕事を通して森や木に畏敬の想いを馳せることはあっても実感したことがなかったため「表面的にはPRできるが、愛を持って紹介することができない」というモヤモヤをこの春抱いていました。

木の表情や、目には見えない「木が生きた時」が伝わるよう試行錯誤しながら取り組んだ撮影時の風景。

その時期にちょうど滋賀へ取材に行くことが決まり「その周辺にある『多様な森』を歩くと何か分かるかもしれないね」と社内でアドバイスをもらったことから、探し、たどり着いたのが国内でも有数の天然林・二次林・人工林が一堂に会する京都大学 芦生研究林でした。

芦生研究林

京都府の北東部、滋賀県と福井県との県境に位置する芦生研究林。大正10年(1921年)京都大学が研究と演習を目的に、京都府北桑田郡周辺の共有林に99年契約の地上権を設定し、『芦生演習林』と称したことに始まります。

現在、研究林の約半分は、地上権の設定以降、人手が加えられていない天然林で、この中には森林の成立以降、大きな人為が加わっていない原生的な部分も含まれています。そのため、芦生研究林で確認されている植物の植数は、木本植物が243種、草本植物が532種、そしてシダ植物が85種。そして多数の動物が棲息していることから豊かな生態系が成立していると言えます。

今回は、滋賀県側から入林し、人工林→二次林→天然林の道順になっている地蔵峠~野田畑湿地~杉尾峠のルートを巡り、それぞれの森の姿を学んできました。

人工林、二次林、天然林を歩く

人工林エリア

針葉樹と広葉樹の混合林が広がる地蔵峠。そこを抜けると昭和9年に植えられた杉林が広がります。昭和20~30年代は奥地林開発が始まり、昭和30年代には伐採量はピークを迎え、その伐採跡地には造林が進められたのだそうです。平成以降は管理・研究の目的を除き、天然更新補助作業や広葉樹の人工林の造成が試験的に行われています。

この森に生えている杉は約80年生。雨風にさらされながらも立派に育った木々から「無地・無地上小」の木材が伐れると思うと感慨深いものがありました。

二次林エリア

人工林を抜けると、江戸期~明治末期にかけて木地師(広葉樹の木を伐採し、椀や盆等の木工品を加工・製造する職人)や炭焼きで暮らす人々の村があったとされる野田畑湿原に到着。明治末期に無住の地となってから100年以上経過していることもあり、明治末期に無住の地となってから100年以上経過していることもあり、原生的な森の片鱗を見ることができました。このあたりから様々な広葉樹や草花が登場します。

また近年積雪量の減少により二ホンジカが増殖したことで、毒を持つバイケイソウだけが勢力を広げている様子を見て、気候変動がもたらす植生衰退の恐れを感じました。

天然林エリア

野田畑湿原を抜け、ツキノワグマが出現するという岩谷、戻ったら帰ってこられないほど奥深いモンドリ谷、と森の奥地へと入っていきました。ここから芦生の森に自生する『芦生杉』を目にすることができました。さらに進むと、木の皮や葉っぱ、実、花を食べて生きる動物たちの足跡を確認できました。

そして、ここでは樹齢200年を超えるトチノキやホウノキの巨木が佇み、倒木更新が至るところでなされている景色を目の当たりにして、人が生きている時間とは異なる「時の流れ」を感じました。

江戸から明治、そして昭和、平成、令和。その間台風や豪雪はあったはずですが、それでも力強く生きている木々の姿に生命力に圧倒され、同時に森に対して畏敬の念を抱きました。

森を巡って

今回、芦生研究林を巡り人工林、二次林、天然林のそれぞれの森の姿を見て得たのは、木材は森からのいただきものである、という価値観でした。節があっても、無くても、目が詰まっていても、いなくても。そこには優劣がなく、どれもが時をかけて生きた自然の産物であることを忘れてはいけない、と強く思いました。

芦生から戻り、あらためてオフィスに並ぶ「無地上小シリーズ」の杉や桧を見た時、それぞれが違うカラーを持つ「価値のある木々」であるように感じました。(hieshima)